上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
お久しぶりです。こちらをご覧になってる方はいらっしゃるのでしょうか。
おかよさんのサイトから飛んできて下さる方もいらっしゃるのかもしれませんね。
今日、久しぶりに自分の書いた記事を読み、当時のことを鮮明に思い出して涙が出ました。

あの頃の気持ちを無くしてしまった訳ではないのですが、
あの頃と今とでは大きく変わってきたなと思います。
時は人の気持ちを確実に癒していると感じます。

私はあれから、大学に通い直し、助産師の資格を取り働いています。
日々、色々な方と関わらせてもらっています。
自分の経験を活かせているか?と聞かれると、自信は全くありませんが、
それでも毎日生き生きと働けていると感じています。
ほまれちゃんのお陰だなと思います。
仕事に行く前は、ほまれちゃんの臍の緒を保管している器に手を当てて
「お母さんと一緒にいてね」と言ってから出かけるようにしています。

当時は死んでしまいたいとさえ思っていた辛い出来事でしたが、
あの事があったから今の自分がいる。それを支えてくれた家族がいる。
そう思る事ができて幸せです。
スポンサーサイト
永らく永らく間が開いてしまいました。

忘れていた訳でも、
平気で楽しく過ごしていた訳でもありません。
相変わらず毎日アルコールに逃げ、
毎日ひとりの時はほまれちゃんの事をツラツラ考え、
みっともなくダラダラと泣いて過ごしています。

更新しなかったのは、色々と思い出すのが辛くなったからです。
入院後の事を書くのは、なかなか気が進まず、辛い事です。
だけど、久しぶりに過去の記事を読み返し、
やはり記憶が確かなうちに残しておくべきだとも感じています。
同じ経験をされた、またこれからされる方が読んで下さる可能性があるので、
何とか入院後の話も綴りたいと思っています。
期待せず、お待ち頂けると嬉しいです。

2007.03.10 凹む
『お別れするまでの事』が書き進まないのが気になりつつ・・・

今日、お正月以来、祖母と電話で話をしました。
私の無くなった母方の祖母で、母が亡くなって以来、母の思い出と共に
生きている人です。
そんな祖母なので、今回の私の気持ち、子を亡くすという気持ち、
すごく理解してくれるんじゃないかと思っていました。
だけど、色々話した結果、最後に
「何はともあれ、元気になったのなら良かったね。」
と言われ、それから今日は一日ずっと落ち込み気味です。

身体が元気になり、日常生活がつつがなく送れるようになり、
それは「良かった」事なんでしょうか。
確かに私には主人と息子がいて、かけがえの無い家族です。
とても大切です。
だけど、今の現状は「良かった」事なんでしょうか。
何度考えても、決して「良かった」とは思えないんです。
主人と息子と、それからもう一人。
今もお腹に居るはずだった、6月になれば元気に生まれてくるはずだった
大事な家族が一人いないのに。

どうして判ってもらえないのかな。
顔を見て、手のひらの上で抱っこして、頭をなでて・・・
少ない時間しか一緒に居られなかったけど、
死ぬのを判ってて人工的に出産したのは私だけど、
だけど可愛くて愛しい子供には変わりないのにな。
あの子が居なくて、こんなに悲しくて寂しい気持ちなのに、
それを周囲の人が判ってくれない。
そんな事、大した事じゃない。忘れなさい。次を作れば良い。
そんな風にあしらわれる事が本当に一番辛いです。

2007.03.06 四十九日
少し間が開いてしまっていました。
日常の些末な用事に追われているうち、こちらを更新する時間が
なかなか取れませんでした。

今日はほまれちゃんの四十九日です。
自分でカレンダーを見ながら数えただけなので、正式には間違ってるのかもしれませんが、
ほまれちゃんが亡くなった1月16日から数えて丁度7週間が経ちました。
以前より四十九日の日には何かの形でお参りをしようね、と
主人と約束していました。
だけどどこのお寺に行けば良いのか、祈祷などをしてもらうには
どうすれば良いのか判らなかったので困っていました。
色々調べてみたのですが、脅迫めいた言葉を綴っているお寺もあったりして
何だかシックリ来ませんでした。
昨晩、「明日どうしようか・・・」と主人に相談すると、
隣町のお寺に立派な水子地蔵があり、その水子地蔵の建立の際、
亡くなったお義母さんがお布施をしていて名前が彫られている。
という話を初めて聞きました。
それならそこでお願いする事に決め、今日親子3人で行って来ました。
古い町並みの路地に建つお寺で、きれいに整えられたお庭には
見事なしだれ梅の木がありました。
水子地蔵は立派な背の高いもので、お地蔵様の手に赤ちゃんが、
そして足元には小さな子供も一緒に作られていました。
その赤ちゃんを見たら、ほまれちゃんと重なって自然と涙が出てきて
止まりませんでした。
お花を供え、3人で静かにお参りして帰りました。
どうか私達の赤ちゃんをお願いします。とそればかり繰り返していました。
後日改めて、お寺に祈祷の申し込みもしようかなと思います。
お義母さんと縁があったお地蔵様に、ほまれちゃんの事をお願いできて
本当に良かったです。
2006年12月27日(水)■14週5日■

再び大学病院へ。高解像度の腹部エコー検査。
先日の外来の先生とは別の先生に診てもらう。
「お腹のお水、無くなってますように。笑い話になりますように。」と祈る気持ちだったけど、
エコー画面にはやっぱり黒くて丸い影が映っていました。
しかも一目見て「ああ、大きくなってる」と判る位で、また目の前が暗くなったような
気がしました。
だけど自分でも不思議だったんだけど、悲しい話をしながらも画面を見たら赤ちゃんが写っていて
少し嬉しい気持ちもありました。「あ~頑張って生きてるんやなぁ」と思うと
白黒に写った画面が愛しくて仕方ありませんでした。

この日の先生も、同じように慎重に言葉を選びながら長い時間をかけて丁寧に説明してくれました。

やはり膀胱にオシッコが溜まっており、膀胱自体が頭と同じ位のサイズにまで大きくなっている。
膀胱では収まりきらず、腎臓にオシッコが逆流していて、そのせいで腎臓が腫れている。
このまま放置しておくと、
膨らんだ膀胱が心臓を圧迫して亡くなる。
オシッコの排出が無い為に羊水が減り、肺が作られないまま大きくなる。
肺が無い子は母体の外で自発呼吸ができないので、人工呼吸器も取り付けられない。
(→延命措置ができない)
万が一自発呼吸ができたとしても、母体の中でオシッコを出す練習をしていないため、
腹筋が作られていない状態の赤ちゃんになり、皮膚一枚のすぐ下に臓器があるような状態で
自分でオシッコを出す事ができない。
人工呼吸器の他、人工透析も必要となり、赤ちゃんの透析は身体にかかる負担も大きく
予後は極めて厳しい。
と、何にしても命を救える可能性がほぼゼロである事を説明されました。

お腹に溜まったお水を母体の外から刺したシャントという管で抜く方法が先端医療として
行われているケースもあり、うちの子の場合もその治療の適用内であるとは言われました。
しかし、私のおへそ側に胎盤がある事がわかったため、
治療の針を胎盤を通過して刺さないといけないため、母体にかけるリスクが高すぎる事。
そもそも、赤ちゃんが小さすぎるので治療自体が非常に難しい事。
オシッコの溜まるスピードも速く、それだけ病気が重いため治療しても良い結果は出ない事。

先生が話す全ての事が、これでもか、これでもかと赤ちゃんの絶望的な状況を私達に
ぶつけてきているように思い、こんな話をしながらも画面の赤ちゃんはゴソゴソ元気に動いていて
もう何も考えられなくなり黙って泣くしかできませんでした。

主人はずっと黙ってエコー画面を見つめていたのですが、
「これまでは二人で話しあって、僕たちの進むべき道は一つやって思っていたんですが、
 親としてこの子を守るために最大限の努力をするのが努めやって思っていたんですが、
 先生の話を聞くと、そういう風に進むのも難しい状況なんですね。」
と言いました。
私もそういう風に思いました。
先延ばしにしても赤ちゃんが苦しい思いをするだけなら、
早いうちに楽にしてあげるべきなんじゃないかと思い始めました。
だけど我が子とお別れする覚悟が出来るはずもなく、
頭の中がゴチャゴチャして混乱していました。

検査後、こちらからお願いしてエコー写真を貰いました。
赤ちゃんに異常がある場合、お願いしないと写真はもらえません。
前回の外来も、紹介状を書いてもらった時も、エコーは貰えませんでした。
今もらっておかないと、残せる物が殆どない。と焦る気持ちがありました。
先生は「じゃあ良い写真を撮りなおそうね。」と正面からはっきり顔がわかるように
写真を取って渡してくれました。

この日は検査だけで終わり、年明けに再度外来に来るよう言われました。
その時に両親の最終的な答えを出して下さいと言われました。
帰り道、食欲の無いままレストランに入り、二人で無言で座っていたんですが、主人がふと
「きついなぁ。ほんまきつい。オレは無力やなぁ。」と目を真っ赤にして言いました。
主人が泣いたのを初めて見ました。
Copyright ©17w4d All Rights Reserved.
material by *Design Labo* template byテンプレート配布 lemon lime
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。